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「秘湯、珍湯、怪湯を行く」(角川書店) “はじめに”より
良い温泉とは
数多くの温泉を廻って入浴し、お湯の観察をすることを長年続けている。良い温泉とは、一言で言うと新鮮な温泉である。新鮮な温泉には匂いがあり、気体成分による泡付きがあるものもある。また新鮮ということは「加工していない源泉そのままである」とも言える。匂いがあり、熟成すると色付きの濁り湯になったりする湯である。そして新鮮さは源泉の使い方によって、同じ源泉でもずいぶんと違う表情になってしまう。同じ大きさの浴槽であれば使われている湯量が多いほど良いし、また概して湯治宿や共同湯のほうが湯が良いことが多い。湯が自然に湧出していて使われることなく流れ去っている温泉、いわゆる野湯も同様に新鮮で良い。

私の本業は建築士。都内の建設会社に勤務している。土日を利用して全国の温泉を巡ることを継続していてすでに20年以上となり温泉地数4203、約6000施設になった。温泉にこれほどまでに行くようになったのは、あるテレビ番組の出演がきっかけである。テレビ東京の「TVチャンピオン全国温泉通選手権」で優勝し、それ以来私と温泉の関係は急速に接近していった。日本は温泉の多い国で、海辺や山に行くと必ず温泉がある。各地を巡りながら1日2、3カ所の温泉に入浴していた。1984年ごろに美坂哲男氏の『山のいで湯行脚』を読み、入湯温泉地数を数えるということを知った。数えてみると、オフロードバイクで全国を廻っていたので浅く広くではあるが、すでに約300カ所の温泉を巡っていることが判明した。そして『山のいで湯行脚』を読んで数えはじめてから11年後の95年、597カ所目の時に第3回温泉通選手権で初優勝した。そして96年(817温泉地)、98年(1380温泉地)と三連覇した。優勝してからはディフェンディングに向けて温泉の個性を見極めるのと、温泉の源泉の使い方を繊細に観察している。

私の温泉の“入り方”はこうだ。まず温泉に到着すると、宿または施設の外観の写真を撮る。そして浴室に向かい、入浴するのである。入浴の仕方は特に変わったことはないが、必ず以下の4点について観察し、記録している。まず、一目でわかる“色”である。浴槽を見ればすぐに判明する濃い色の温泉もあるが、入浴して手や足を沈めよく観察しなければわからない微妙な薄い色の温泉もある。次に湯口に行き“匂い”を観察する。湯口の流れのすぐ上が、一番良く匂いがわかる。主に硫黄や金気臭であるが、変わり種としては石油臭、アンモニア臭、臭素臭などの匂いもあり、またそれらが複雑に混合しているのもあって、源泉ごとに個性がある。次に湯を飲んで“味覚”を確かめる。塩味や酸味など泉質特有の味覚のほかにも、ほのかな薬味や渋味、収斂味などがあり興味が尽きない。循環の風呂でも、一度は口に含むようにしている。そして肌や手をこすり、湯の“感触”を体感する。この本で使われている写真はほぼすべて、セルフタイマーで自分で撮影したものである。入浴の最後に写真を撮っているが、ここで重要なのは「これから自分の写真を撮ります」と一声かけること。これを言わないと、苦情が出ることもあるのだ。

これらの温泉観察はTVチャンピオン連覇のための日ごろからの研鑽であったのだが、実は含蓄を持った、温泉の奥深い世界との対話でもあったのだ。温泉の表現するものは多種多様で素晴らしい感触を持っており、ライフワークにしてもあまりある温泉山脈に分け入ったようであった。以後は漫然と温泉に入浴するということがなくなり、日々どういう温泉なのかを確認に行っている感じである。癒すというより、攻めている感じである。

日本で旅行といえば温泉が一つの定番であり、なくてはならないものだ。その旅行が有意義であったか否かは、温泉の善し悪しで決まる。数多く温泉を廻ってきて言えるのは、温泉の質や温度はさまざまであるが、どれも地中から湧出した神聖なもので優劣はない、ということだ。しかし使い方が重要である。本当に良い湯は「新鮮な湯」という一言に尽きる。新鮮な湯は気体成分が湯中に残っているし、なによりも匂いが良い。温泉はまさに炭酸飲料やビールと同じようなもので、一日置いたら商品価値がなくなってしまうものであると思っている。人が訪れることなく悠久に流れ去っている野湯、簡単にはたどり着けない秘湯、色や泡付きや強烈な匂いなどの特殊な珍湯、鄙びすぎていて温泉施設だとは見えない怪湯などは、非常に存在感があり楽しい。そしてこれらの温泉たちは新鮮な「良い湯」であることがほとんどだ。これらの湯は麻薬のようなもので、一度その凄さを体験してしまうと普通の温泉では得られない感触、記憶、存在などが私を捉えてしまう。それらの一部をこれから紹介していく。記憶に残る良い湯を体験すると、その記憶はその人のなかにずっと残り一生の宝物になるだろう。
角川ワンテーマ新書 「秘湯、珍湯、怪湯を行く」 続きは…

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